『空色のアルバム / 太田治子』
太田治子。
太宰治の娘さん。
未婚の母、太田静子さんの子として生まれる。

まだ子供だった治子さんに、読んでも良しと母親から許されていた本は
「走れメロス」「斜陽」「千代女」の三作。

寂聴さんの本で、川端康成さんも感動した書として「ふたりの散歩道 / 太田治子」を紹介されていて、
それがきっかけで、私は太田治子さんを知りました。
NHK「日曜美術館」の初代アシスタント司会者としてテレビにも出演されていたのですね。
「私生活では長く独身を通していた。
 これは自身の出生の経緯や母・静子さんの肝臓癌発覚による看護・死去(1982年11月24日、享年69)による。
 30代後半に編集者である知人の紹介で見合い結婚をし、1987年に女児(万里子)を出産したが2004年に離婚。
 これに伴い、現在は文筆業を中心に再び盛んに活動している。」

私の中では、太宰治はものすごく遠い時代の人で、
その娘さんにあたる治子さんも、やはりすごく遠い時代の人に感じます。
(実際は、私の母と同じ歳にあたるというのに。)
この「空色のアルバム」は、治子さんが当時17才~20代後半に書かれたものです。
それから40年以上経った今の治子さんは…などと、現在の本を読んでみたくもなります。

治子さんが、太宰治の娘であるために、背負わされた十字架は重すぎたことでしょう。
でも、解説にもありましたが、この本で書かれていることはメルヘンのようで、
かなしく、苦しいことも、不思議に湿った暗さを感じなかったのです。
母静子さん、父方、母方の叔父さん、叔母さんなどにとても可愛がられ、
そして自身の前向きに生きる様子がとても伝わってきた一冊でした。

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「この子は私の可愛い子で父をいつまでも誇つてすこやかに育つことを念じてゐる」
生まれたと時、父が書き置いてくれた言葉。

「二十年経てば、世間は君の生き方を認めてくれるよ」
お腹に赤ちゃんができたことを告げられた時、太宰が言った言葉。
母の胸に深くしみた。
そして、生まれて半年目に太宰は死んでしまった。

父のことを、神さまのように偉い人と漠然と思っていたのが、
作品を読んでからは実感として信じるようになった。
作品を読むまでは、世間普通の家の子として生まれてきたかったと思っていたが、
読んでからは、これほど引きつけられるよな素晴らしい文章を書いた父親だったのだから、
平凡な父を持っている人より、ある意味では、仕合せだと思うようになった。

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by thurezure | 2011-07-28 05:47 | 読んだもの
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