愛猫のはなし
2015年10月15日 PM11:20
実家の愛猫ニャーが永眠しました。
20才と4ヶ月でした。
人間の年齢でいえば、98才くらいになるのでしょうか。

もらって来た時、
舌がただれ、鳴き声が出ず、エサを食べることができませんでした。
来て早々に病院へ連れて行くと、
「かわいそうだから親猫のもとへ帰して来たらどうかな。
帰ればおっぱいだけは飲めるし…。」
と先生に言われました。
帰っても病気は治らないこと。
もらって来たんだから私が育てたいということ。
泣きながら先生に伝えると、先生は了解して、子猫にとって、大きな、大きな注射を打ってくれました。
そして薬と、えさの与え方を丁寧に教えてくれました。

元気に鳴いて欲しいから「ニャー」と命名。
しばらくして、
水を飲み、えさも食べ、元気になってから、きれいな声で「ニャー」と鳴いた瞬間の喜びは、今でも覚えています。
昨日の様です。

基本、家猫なので、散歩をしたらきちんと帰ってきます。
近所の猫と喧嘩をして、怪我で病院へ連れて行った時も何度か。
先生曰く、臆病な性格の猫だから、警戒し過ぎて喧嘩をふっ掛けることになるのよね。
とのこと。
他人に全く懐かず、チャイムが鳴ったら二階へダッシュで逃げる有様。

父が退職し、単身赴任先の横浜から帰って来たときがこれまた大変で、
懐かない猫を可愛く思わない父。
声の大きな父を警戒する猫。
ストレスからか、粗相することが増えました。
そんな矢先、猫が家に来て5年ほどで、
兄も私も次々と結婚して家を出ることに。
それからは、えさをあげる母にとても懐きました。
徐々に父にも近づいていき、大きな声にもビクともせず隣で猫座りをするように。
老夫婦と老猫、本当に仲良く暮らした、ここ10年でした。

10月14日(木)
ニャーの様子がおかしいの、と実家の母から連絡をもらったのは、朝方5時。
車を10分ほど走らせ、出勤前に会いに行く。
いつもの座椅子の上で猫座りをして背もたれに頬を付けて目を開けてじっとしている。
耳もとで「ニャー」と呼びかけても鳴いてくれません。
肩を撫でると、ふわふわとした感触は全くなく、固いとさえ感じる。
それでも、艶々とした毛並は変わらずとてもきれいでした。
夏の弱った時よりも、やつれた感じもなくて。
しっぽだけは、たんぽ、たんぽと触ると、同じように振ってくれたのが嬉しかった。
これが、水も飲まず、えさも食べなくなって三日目の朝のこと。
今日、朝いちで病院へ連れて行けば、また大丈夫かもね。
と母にお願いして、私はいったん家に戻り会社へ。

お昼休み、実家へ電話を入れると、
病院は臨時休業だったとのこと。
「もう、病院は、いいかな。」
と母が小さく言った。
私も、ニャーを見て、実は同じように思っていた。
水曜の定休日。
そして、臨時休業。
20年通った病院以外にまでニャーを連れて行くことは酷のように思えた。

会社から帰宅し、夕飯の準備をしていると、
母から携帯が鳴った。
「もうダメかもしれない。」
キッチンもそのままに、タクシーを呼んで子供と三人で実家へ向かった。
私の泊り道具だけをカバンに詰めて。

実家に着いてニャーを見たら、朝と変わらない様子。
少しホッとした。
夕飯、まだでしょう。食べなさいね。
と母が準備してくれたカレーライスを、
同じく駆けつけた兄と甥っ子と一緒に食べた。
隣の座椅子にニャーが座っていた。
「明日も学校だから、そろそろ帰りなさい。
みんなに会えて良かったよね、ニャー。」
と母が言ったのが夜9時過ぎのことだった。

兄が猫を抱っこして、次に私も抱っこした。
涙がぽろぽろと止まらなかった。
「手が冷たいよ。ダメだよ。ニャーって泣いてごらんよ。」
と何度も、何度も無理なお願いをしながらぎゅーぎゅー抱きしめた。
ひっくひっくと子供のように泣いた。

翌日、有給を取り、泊まる支度までして来たのに、いざとなったら子供たちと一緒に帰って来てしまった。
怖かった。
最期を看取ることが、怖かった。
朝が迎えられないかもしれないと思ったのに、帰って来た。

布団に入ってしばらくして携帯がなった。
「さっきだったよ。11時20分頃かな…。」
そんなに苦しまなかったとのことだった。
「急がないから。明日ね。待ってるよ。」
と母から電話を切った。
最期を看取らなかった自分を責めた。
ニャーに対して、父と母に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

10月15日(金)
近所の花屋さんへニャーへのお花を注文し、
それを持参して実家へ。
娘が、どうしても一緒にさよならをしたいというので、
学校をお休みすることに。
お世話になった病院の先生へ電話で報告。
「病院嫌いな、あの子らしかったね。
絶対行くもんかと思っていたのよきっと。
本当はね、夏に来た時、痩せていたから、いつなんどき…って思ったいたのよ。
でも、夏を越したものね!すごいことだよ。
天寿を全うしたの。
立派な猫だったよ。」
と言ってくれた。

先生のアドバイスもあり、裏庭に埋葬することにした。
怖くて死んだニャーちゃんを見れないかもしれないと言っていた娘も、
撫でて、声を掛けてあげられた。
花と一緒に土に還っていった。
秋晴れであたたかい日だった。
全てが終わって、とても心が落ち着いた。
これで良かったんだと思った。

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「死」は、この世で一番わかりやすい「終わり」だと思った。
ニャーが私のもとへ来た夏、私は23才でした。
この秋、私は43才になります。
その頃からずっと続いていたいくつかのことが、
ニャーの死と一緒に、終わったように思いました。

かわいそうだから親元へ帰して来なさいと言われてから20年。
ニャーは、頑張ったと思います。
良かったよ、この家に来て。
そう思って死んでいってくれたと信じています。

死んでしまう数時間前、よたよたした足取りで力をふりしぼって座椅子から降り、
リビングを出て行き階段を自分で一段、一段一生懸命ゆっくりと上がり、
最初に私の部屋へ行き、しばらくくつろいで。
それから、兄の部屋へと行き、しばらく座っていたとのこと。

一人で居るのはかわいそうだからリビングへ抱っこして連れて来てあげてと母に頼みました。
最後にニャーが行きたかった場所は、私と兄の部屋だったのでしょう。
どちらも布団に入ってきては、一緒に寝ていた部屋でした。
私も兄も、結婚を機に家を出て行きました。
決してニャーを捨てた訳じゃないんだけど。
寂しかったね。ごめんね。

「ママ、ニャーちゃんは天国から見てるんだよね。
じゃぁ頑張らないとだね。」
と息子が私に言いました。

そうです。
頑張るよ。
のんびりと、そして強く生きること、教わりました。
ありがとね。
安らかにね。
これからも大好きだよ。
ずーっと一緒。

写真は、2015.7.29撮影したものです。
長い文章になってしまいました。
読んでいただきうれしく思います。
感謝。
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by thurezure | 2015-10-17 17:47 | つれづれと
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